9. 第5回公判(検察側証人と弁護人冒頭陳述)

ことりの傍聴メモ
第5回公判は2002年11月11日(月)午後1時30分より,東京地方裁判所第528号法廷にて。裁判官は杉山慎治(裁判長),横山泰造,田岡薫征の3名。
本日は最初に弁護人冒頭陳述が予定されていたが弁護側の資料手配の都合で後にまわし,先に検察側証人日本赤十字社医療センター副院長,消化器・一般外科の板東隆文医師に対する証人尋問が行われた。
最初に証人としての宣誓。続いて検察側からの質問。

◇一般事項

Q) 証人の勤務先と役職は?

A) 日本赤十字社医療センター消化器・一般外科。副院長。

Q) 証人の経歴は別途提出された経歴書の通りで間違いないか?

A) 間違いない。

Q) 証人の消化器外科医としての経験年数は?

A) 34年。

Q) 証人の胆のう摘出手術の経験は?

A) 開腹によるもの約800例,腹腔鏡下で約300例

Q) 被告人,被害者,および証人としてさきに出廷した日医大の医師と面識はあるか?

A) いずれもない

Q) 日医大との関係は?

A) ない。

Q) 証人にはあらかじめ本事件に関するカルテなどの資料を渡し,検討を依頼してあるが,検討は済んでいるか?

A) 済んでいる

◇佐藤病院での手術について

Q) 被害者は平成12(2000)年12月11日に佐藤病院に入院し,21日に手術を受けた。入院から手術までに行われた処置,および手術に至る判断に問題は認められるか?

A) 問題は認められない。

Q) 手術は腹腔鏡下で行われたが,その手段に問題はあったか?

A) ない。

Q) トロッカー(手術器具を腹腔内に入れるための管)を挿入する際に下大静脈を損傷したことに問題はあるか?

A) 重大な問題である。エチコン,エンドパスなどといったトロッカーは先端に刃がついているが,これにはプロテクタがついており,皮膚などに当たって抵抗を受けた時に初めてプロテクタが開いて刃が出る。一旦腹腔内に入ってしまえば,下大静脈などに触れたとしても,抵抗を受けないので刃は開かない。力のコントロールを大きく誤らない限り,余計な場所を傷つけることは避けられるはずである。

参照(トロッカーについて): 産婦人科内視鏡手術に関するホームページ ObGyn-endoscopy

Q) 下大静脈の損傷に伴って,同時に腸間膜を損傷したことは考えられるか?

A) トロッカーは前述のようにプロテクタがついているので,単に触れただけでは腸間膜の損傷はない。たとえば椎骨に突き当たり,それを「まな板」として強い力で押せば,腸間膜を損傷する可能性もある。

Q) 下大静脈を損傷した場合,どんな結果を招くか?

A) 大出血を起こし,ショック状態となる。

Q) 記録から見て,下大静脈損傷は手術中のどの時点で発生したと思われるか?

A) 13時45分に手術開始,13時50分に開腹手術に移行とある。従ってこの間に異常が発生したと考えられる。

Q) 手術中の血圧の記録から何がわかるか?

A) 14時から血圧が下降し,14時20分には最高血圧が 40,14時25分からは35分間にわたって記録がない。おそらく出血のショックで心臓が停止し,血圧が測定不能なほど低下したのだろう。

Q) 極端な低血圧の状態が続くとどうなるか?

A) 生命の危険がある。

Q) 開腹手術への移行には問題があるか?

A) 大出血によって視野の確保が困難になった以上,開腹は当然の処置である。

Q) 開腹後,当初の目的である胆のうの摘出を続行したが,これに問題はあるか?

A) 胆のう摘出を続行する前に,以下の条件を満たす必要がある。(1) 止血を完全に行うこと。(2) 全身状態が安定すること。(3) 術野が確保される(手元がよく見える)こと。

Q) その条件は満たされていたと思うか?

A) 記録がないので不明だが,結果(誤って総胆管,総肝管を切断したこと)から考えて,視野不良のまま続行したのではないか。もしそうであれば条件は満たされておらず,不適切な手術だったといえる。

Q) 困難な条件下で手術を行う場合に重要なことは?

A) 必ず目で確認したものだけを切ること。目視で確認できない箇所を推測で切ってはならない。

Q) その点で,本件手術はどうだったか?

A) 不適切であったと言わざるを得ない。

Q) その理由は?

A) 胆管の2箇所を誤って切断しているから。

Q) 平成12(2000)年12月18日(手術実施前)と,12月28日(手術実施後)に佐藤病院で撮影されたX線写真を見て,何がわかるか?

A) 手術前の写真では,奇形などは見られず,正常な状態である。胆石の有無ははっきりしない。手術後の写真では,総肝管と胆のう管が合流して総胆管となる部分(3管合流部)で総胆管が途絶していることがわかる。

Q) 佐藤病院の記録から,総肝管,総胆管を切断したことはわかるか?

A) 日医大病院に転院してからの ERCP 検査結果から,総胆管が途絶していることだけがわかる。切断については佐藤病院の記録に記載がない。ミスであったと考えられる。

Q) 日赤医療センターで,同様のミス(胆のう摘出に際し誤って総肝管あるいは総胆管を切断した)の例はあるか?

A) 4,000例以上の中で,このようなミスはない。

Q) ミスの原因は何であったと考えられるか?

A) 記録がないのではっきりしないが,おそらく視野が不良のまま胆のう摘出を行ったこと,及び胆のう周辺の炎症が高度であったこと。

Q) どんなことに注意すればミスを避けられたのか?

A) (1) 目視のみで切ること。(2) 炎症が激しく癒着が高度であれば,時間をかけて丁寧にはがすこと。(3) 総肝管と胆のうが癒着している場合は,できるだけ胆のうに近い部分で切ること。

Q) 本件手術はその注意事項を守っていたか?

A) 守っていなかったと思われる。胆のう底部からゆっくりはがして切っていくべきであり,胆管を2箇所も誤って切断するなどということは信じがたいミスである。

Q) その注意事項を守っていれば,死亡に至るような結果は避けられたと思うか?

A) 避けられたと思う。

◇佐藤病院での術後管理について

Q) 肝床部へのドレーンの留置は,一般的な処置か?

A) そのとおり。

Q) ドレーン留置の目的は?

A) 体内の状況をモニタするため,及び万一の胆汁漏出に際して安全弁の役割を果たすため。

Q) 本件のように開腹による胆のう摘出術を行った場合,通常の術後経過は?

A) 1日目(手術翌日)の夕方には歩行可能。2日目には腸が動き始め,水,及び流動食の摂取が可能。4日目くらいまでにガスが出る。7〜8日目で退院。また,体温は2〜3日で平熱,白血球数も2〜3日で安定する。CRP(C多糖体反応性タンパク質)値は4〜5日で正常となる。

Q) 本件のような開腹による胆のう摘出術の後,一般的に注意すべき点は?

A) ドレーンからの情報に注意する。毎日最低1回は所見をチェックし,カルテに記載する。腹膜刺激症状(腹部を押して急に離す時に強く痛む)の有無を調べる。これらは主治医の責任である。

Q) 本件のような開腹による胆のう摘出術の後,一般的に行われる術後の検査は?

A) 手術翌日に胸・腹部のレントゲン撮影と血液の生化学的検査。4〜5日後に再び胸・腹部のレントゲン撮影と血液の生化学的検査。

Q) なぜ,ドレーンからの情報に注意する必要があるのか?

A) もし胆汁の漏出があれば,それは重大な結果を招くため。

Q) 胆汁の漏出があった場合,ドレーンから完全に排出できるか?

A) 漏出の量による。肝床部からしみ出る程度,あるいは針穴のような小さな損傷部から漏れる程度であれば,ドレーンだけで排出できるだろう。

Q) 留置したドレーンは,位置を変えることがあるか?

A) よく動く(「ドレーンが跳ねる」と表現される)。

Q) 漏出した胆汁によって胆汁性腹膜炎が発症し,処置を行わない場合,一般的にはどんな経過をたどるか?

A) 急速に悪化し,2〜3日で敗血症を起こして死亡する。

Q) 腹膜炎のうち,汎発性と限局性の違いは?

A) 手のひら位の大きさまでを限局性,それ以上を汎発性とする。

Q) 胆汁が漏出しているかどうかは,どのようにして判断するか?

A) ドレーンから排出される体液の色を見れば明らかである。

Q) 胆汁が漏出している場合の処置は?

A) 手術の際に肝臓あるいは胆道系を損傷した可能性があること,放置すれば死亡率が高いことを認識した上で,まず全身状態をチェックする。

Q) 胆汁の漏出があった場合,直ちに開腹手術すべきか?

A) 先の手術の経過による。先の手術が正常に行われた場合,損傷があったとしても小さいはずだから,漏出量もわずかであると考えられる。従って1週間程度で自然に漏出が止まり,回復することもある。この場合は再手術をせずに経過観察することもありうる。先の手術が困難なものであった場合は,大きな損傷が残った可能性がある。従って直ちに血液検査やERCP検査を行うべきである。

Q) 全身状態に注意すると言った場合の「全身状態」とは?

A) 自発痛,脈拍,呼吸,発熱,尿量。さらに血液検査のデータ,血圧測定の結果。

Q) 胆汁の漏出があった場合,自然に治癒する可能性はあるのか?

A) 損傷が大きい場合,自然治癒は考えられない。

Q) 損傷の程度が,胆管を切断するといったものである場合は?

A) これは大損傷であり,漏出量もドレーンですべて排出できる量ではないと思われる。

Q) 胆汁性腹膜炎を発症しているかどうかの診断は?

A) 自発痛,腹膜刺激症状,発熱,白血球数の増加,CRP値の増加。

Q) 腹膜炎と腹鳴との関係は?

A) 腹膜炎によって腸のぜん動運動が低下するため腹鳴も減るが,完全になくなるわけではない。

Q) 腹膜刺激症状とは?

A) 腹部の自発痛,圧痛(押したときの痛み)があり,筋肉の緊張がみられ,反張痛(押して離した時の痛み)がある。

Q) CRP(C多糖体反応性タンパク質)値は何を表すものか?

A) 炎症時に増加する。通常値は0.4以下。

Q) 白血球数は何を表すものか?

A) 炎症時に増加する。通常値は4,000〜8,000。

Q) 胆汁性腹膜炎の症状は?

A) 横隔膜の動きが制限されるため,呼吸が浅くなり,呼吸数が増える。カテコラミン(アドレナリンなどの闘争ホルモン)の分泌が増え,脈拍数が上がる。また理由の説明は困難だが発熱がある。

Q) 腹鳴とは?

A) 腸のぜん動運動によって腹鳴が生じる。通常は常時聞こえる。

Q) 胆のう摘出時,腹鳴はどうなるか?

A) 手術翌日の朝くらいから,聴診器で聞くことができる。2〜3日経っても腹鳴がない場合は異常である。

Q) 胆汁がドレーンから漏出している場合,どの程度の量なら異常と考えるべきか?

A) ガーゼが少し(直径5cmほど)黄色くなる程度なら少量といえる。量が2〜30ccに達するなら大量であり,異常と見るべきである。

Q) 腹鳴や排ガスがみられれば,腹膜炎ではないと考えられるか?

A) 考えられない。かなりの重態であっても,連続して3分間くらい聴診器をあてていれば,死の直前でない限り,腹鳴は聞こえる。

Q) 胆汁性腹膜炎であるかどうかの判断基準は?

A) 胆汁が大量に漏出していることが確認できること。腹膜刺激症状がみられること。

Q) 胆汁性腹膜炎と診断された場合,どんな処置をとるべきか?

A) エコー,CT,血液検査,ERCPなどの検査によって原因を特定する。胆汁の漏出を止めることが第一であり,そのために開腹手術を行う。

Q) 胆汁性腹膜炎を放置した場合はどうなるか?

A) 3〜4日で重篤な状態になり,1週間でもはや治療困難となる。

Q) ERCP検査の実施によって,損傷のある下大静脈からの再出血といった影響がありうるか?

A) あまりないと思われる。

Q) CT検査から何がわかるか?

A) 液体の貯留がわかる。エコーでは気体があると不鮮明になるため,CTを併用する必要がある。

Q) 本件の場合,胆汁性腹膜炎を発症していたと考えてよいか?

A) 胆のう摘出後にドレーンから胆汁を含む液体が出ていたのだから,明らかに何らかの大きな損傷が残り,胆汁が漏出していると考えるべきである。腹膜刺激症状についてはカルテに記載がないが,見落とした可能性もある。

Q) 血圧と尿量は比較的正常値を保っているが,その理由は?

A) カテコラミンの投与によると思われる。

Q) 投薬の記録からどんな印象を受けるか?

A) 鎮痛剤がかなり大量に使われている。自発痛が強かったのだろう。プレドパの大量投与がみられるが,これは異常である。

Q) プレドパとは?

A) カテコラミン(自律神経系ホルモン)の一種。尿量が低下したときの尿量維持の目的では1分間に体重1kgあたり1〜3gを投与する。また血圧維持が目的であれば1分間に体重1kgあたり4gを投与する。

Q) 本件での投与量は?

A) 血圧維持が目的だと考えられる量である。

Q) ミラクリットとは?

A) 循環動態不全を予防する。また,すい炎の治療に効果がある。

Q) ソセゴンとは?

A) 一般的によく使われる鎮痛薬。連続して投与する場合は2〜3日にとどめるのが普通。

Q) 本件ではソセゴンが連日投与されているが,これは何を意味するか?

A) 自発痛が強かったのだと思われる。

Q) ソセゴン投与の際の留意点は?

A) 強力な薬なので,本来現れるべき症状が隠れてしまう可能性がある。

◇各種記録からわかる術後の状態について

Q) 平成12(2000)年12月21日(最初の手術の当日)手術後の状態は?

A) プレドパが投与され,人工呼吸器が使われているが,これは異常な状態である。体温に異常はない。胆汁漏出量は翌日の午前5時までに142cc。白血球数は30,900で,普通の胆のう摘出手術後としては多い感じがするが,それ以上のことは言えない。胆汁の漏出が明らかであり,人工呼吸器が外せないような状態であることから,異常な状態であって,再手術の検討を始めるべきといえる。

Q) 12月22日,手術翌日の状態は?

A) プレドパ16cc/時。血圧は正常。発熱もとくにない。脈拍も正常。ドレーンからの漏出量は343cc。白血球数が19,100で,これは少し多いという程度。ひどい状態とはいえないが,胆汁の漏出量が多いのが心配。

Q) 12月23日の状態は?

A) プレドパ16cc/時。尿量,脈拍,発熱はとくに問題ない。ドレーンからの漏出量は170ccであい変らず高い水準。腹鳴なし。腹膜炎を起こしているかどうかについては,まだ判断できない。

Q) 12月24日の状態は?

A) プレドパ,ミラクリットを投与しているが,手術後3日を経過してもこれらの薬剤を用いるのは異例といえる。またソセゴンを60mg,フルマリン(抗生剤)の投与も記録されている。血圧は安定している。尿量,脈拍もとくに問題ない。発熱については記録がない。ドレーンからの漏出量は280ccで「血性」との記録があるが,「腹膜下ペンローズから褐色滲出液」という記録もあり,これは胆汁を含むと考えるべきである。従って完全に汎発性(広範囲にわたる)胆汁性腹膜炎を起こしたといえる。白血球数は14,500で少し多いという程度。

〜 以下,準備中 〜

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あっ,差が,おお。Last Updated: 20 November 2002
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